藤岡なメンタル

逃げるということ

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例えば、転職を考える時に、「それって逃げなんじゃない?」、と言われるようなことはよくありますね。何かを辞める際、何かの方向転換をする際に常々付きまとってきますね。 僕は、例えそれが逃げであろうと、何がいけないんだ、と考えています。 ただ、逃げちゃいけない時もある、それを見極めないといけない、と思っています。 例えば、 実は料理を作るのがハイパー上手い人がいたとして、とりあえずみんなと同じようにどっかの会社に新卒で入ったとしましょう。その人は料理がハイパー上手いのですが、営業やビジネスについてはあまり上手く立ち回れませんでした。当然辞めたほうがいいか考えるわけですね。料理の道に進んだほうがいいのではないか考えますね。 ただ周りの同僚は「そんなんで辞めたら、どうせ何の道を選んでも辞めてしまう。できる努力をした方がいい」と言いますね。そうして説得され、料理の才能は開花されず、普通の会社員として生きていきましたとさ。めでたしめでたし。 これはまったくめでたしめでたしではないですね。そんなのは明らかに努力をする環境がそもそも間違っているので、さっさと辞めて、正しい環境で努力を積むべきです。 その環境で働いている同僚がもしもあなたに「確かにこの会社は微妙だから辞めたほうがいいよ」と言ってしまうと、自己否定になってしまうのでそういう言葉はあまり出てきません。自己肯定のためにも無意識に「頑張ったほうがいいよ、だって自分も頑張っているもん」となりがちです。 「ここで得れる経験、成長できることはまだあるだろ?」というのもよく聞きますが、逆にそれらがない環境というのはないですね。どこにいても何かしらの経験を積み、成長することはできます。どこだってそう。問題は、限られた人生の中でどの範囲でその努力を積むかです。 雑草はどこにでも生えてきますが、価値はないです。どこの環境にいても頑張って得れるものはあります。 本当にあなたが人生の時間を使って最大限努力をする場所は間違えてはいけない。 間違えてしまったならすぐに場所は変えないといけない。稲を道端に植えても育たないように、スイカの種を庭に蒔いても育たないように、それは努力をしているしてないではなく、根本が間違ってしまっている可能性がある。 それは逃げかもしれない。もちろん、スイカの種を庭に蒔いてたら勝手に育ったというニュースがやっていましたので、そんな場所でも努力をし続ければ何かになるのかもしれない。もちろんならない可能性のほうが大きいでしょう。一度しか無い限られた人生を、そのような使い方で自分が納得できるならOK。 基本的に、外野はうるさいので、自分の心としっかり話すべきです。違うなと思ったら逃げでもなんでもいい。ちゃんと育つ土壌に移らないとそりゃあ育たない。 どういう場所が適切なのか。それはまず自分がしたいことができているのか。そして成長のために辛いと思うミッションが多く用意されているか。どちらも必要だと思います。 前提、自分の好きと思えることに大きなベクトルとしては向いている必要はあります。シェフになりたいのに営業会社で営業しているのはだいぶ方向が間違っています。 そして、もう何億、何十億という人間がいるこの世界です。気楽に過ごして普通の人が十分成長できるほど世の中は甘くできていません。成長のために、ベクトルとしては間違っていない、成長するために必要な辛い、やりたくないと思うことが用意されており、それらをクリアーする覚悟があるのか、は大事です。シェフを目指している人が食器の洗い物はしたくないからしない、それはただの子供。夢を目指すにあたって努力を最大限する覚悟がないんでしょう。そういうのは大きな夢があります、と言っているだけでうるさいだけなので静かに諦めたほうがいいです。 逃げてはいけないケースというのもあります。 それは自分の夢を明確にし、ここだと決めた場所で、覚悟を持ってアクションをしている時です。 例えば今の僕はそうです。ちょっとやそっとで辞められるほどの覚悟でスタートしていないですし、10年は少なくとも取り組み続けないと何も達成したことにはならないだろうと思っています。それは僕が天才でも、ビジネスがとてもできるわけでもなく、どちらかというといろいろとできない側の人間だととても強く認識しているからです。僕の行動は劣等感で構成されている部分は多く、過去の経験から言っても、努力量で何とか取り組んできたところがあります。なのでそういうタイプの人間である僕にとっては取り組み続ける量、期間に対する覚悟はとても大切なんです。 覚悟を持った場所で、逃げ続けているのであれば意味がないです。フランス料理のシェフになりたい強い夢がありフランスに行ったが言葉が通じず1ヶ月で帰国して夢は諦めました。と聞いても、「あんまり大して叶えたいと思ってなかったんだね」となるでしょう。 あなたの夢は何なのか。 一度の人生を賭けて、取り組みたいと思えることはなんなのか。 あなたの今いる場所は、細かいことはされおき、それを大きなベクトルとして向かうことができる場所なのか。 夢のために、辛いと思えるミッションが常々用意されているのか。… Read More »逃げるということ

最大瞬間風速

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昔の何かでこんなすごい賞を取った 昔の何かでこんなすごい資格を取った 昔の何かでこんなすごい経験をした だからなんなんだと よく聞くし、あなたもよく言ってるかもしれないですね 自分への戒めでもありますが、これらは「今」誇れる結果を出せていない、ということの言い変えで、まあださいですよね 過去の風速を誇られても、あっそ、今はあんまり誇れるものがないんだね、努力を継続できてないんだね、という印象です 今を最大瞬間風速で駆け抜けないといけない 過去の最大瞬間風速はどんどん塗り替えないといけない その塗り替えが遅くなればなるほど、過去の栄光にしがみついているだけの人、になってしまう 皆さん、少なからず誇らしい結果、経験を持っているんじゃないでしょうか それはいつですか?何年前ですか?その後、何をしているんですか?いつ次の最大瞬間風速を出せそうですか? 特に資格、経験系は要注意ですね、一度取った資格、一度しただけの経験を誇りがちです 今を誇りたいね、最近最大瞬間風速出せてますか?ということです どんどん塗り替えたいね、もうすぐGWだしね、新たな最大瞬間風速を出すための絶好の助走期間じゃないですか?思いっきり未来の自分に対して助走して走り抜けたいね もしくは、もう助走の仕方も忘れてしまったほど努力をしばらくしてなくて自分自身をアップデートできず終わってしまうかだね、いいんだけどね、結局世間の評価は相対評価、あなたがアップデートできていない間、アップデートしている誰かに抜かされているわけですよね 人生一度なんでね、フルマックスで走り抜け続けたいと思うね

緊急ではないけれど、重要なこと

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緊急なことばかり日々時間を使われてしまいがちじゃないですか、いきなりLINEで電話がかかってきたり、突然のお願いだったり、タイムセールだったり、久しぶりの再会だったり 重要かどうかよりも、いまかかってきちゃったし、いましかなさそうだし、という理由で緊急性の軸だけで意思決定をしていると、忙しい人は演出できるけれど、成長にはなかなか繋がってこない 緊急ではないけれども、将来の成長のために重要なこと、この部分にどれだけ意識を持ってこれるかどうかが大事ですよね 今は必死に取り組む必要はないけれども、将来はこの能力を使うことがありそうだから、徐々に準備をしていく、ということです 僕であれば例えば会社、事業を立ち上げることや、MBAだったり、それらは突然思い立った訳ではなく、学生の時からどのように運営をしていくかの勉強を少しずつしていて、英語やGMATの勉強も少しずつ続けていたわけですね 偉そうに言ってますけど僕も全然まだまだで、勉強を続けていかないといけないっす もちろんそれは言われれば大事だなってわかるじゃないですか、でもなかなか言われてすぐに実行できない、どういう考えが大事かと言うと、5年くらいの将来設計を立ててみて未来をある程度長期的に見ることです 5年後なんてわからん! て思うじゃないですか、僕も思ってたんですけど、意外に始めてみるとできちゃうもんですね、なんでかと言うと自分のやりたいことや目指したいものというポジティブなことを考えるので割とさくさく進みます その5年後の未来に対して、何が必要かな、ということですね 5年後の未来に対して、小さい努力を続けていく、ということですね 例えば、将来海外で働く経験を積みたいから英語を勉強します、という人がいるとしましょう、でもそれはとても浅いんですよね 僕も海外経験を積むべきだと考えていましたし、実際に海外で事業立ち上げだったり楽天国際部だったり海外周りのちょこちょこ経験は積んできました、ただ、英語を勉強すればいい、というような簡単な話しでは実現できないと思うんですよね、もしそうだったら英語の先生がなんでもできちゃうじゃないですか 英語も必要だけどね、それ以上に必要なことってたくさんある訳なんですよね たとえば海外に日本人を送る際には現地採用よりも会社側はコストがかかるので、英語話せる以前に「お前は海外行って売上、利益上げれるのかよ?」ていうとこ大事ですよね、それが無理なら英語話せるに関係なく赤字だからあなたは不適格だね、てなりますよね そういう未来の目標に対して、何が必要かな、こういう要素が必要だな、ていうのを洗い出して、重要具合、難しさ順とかに並べて、難しいものからちょっとずつ努力を始めないと、いざチャンスが目の前に来た時に能力不足でキャッチできないっすよね 英語の先生になるにしても、英語だけやっててもあんまり意味ないじゃないですか、英語は話せるけど教えるのはめちゃ下手くそ、だったら意味ないじゃないですか、ということです 本当に必要な、重要な要素は何なのか、それを深く考えたほうが、早めに考えたほうがいいと思うんですね 何を始めるにしても遅すぎることはない、と言いますが、僕は人生には手遅れになるということが多くあると思っています、それは能力的にも、突然の事故や寿命などの人生のタイムリミット的にも あまりに盲目的に英語をとりあえず、と考えている人が多いので僕なんかでもいろいろチャンスを手にすることができてきましたが、もったいないなと思ったので もっとユニークに考えたほうがいい あなただから何ができるのか、それは一朝一夕で身につくものじゃないはず、5年かけて磨く能力は何か、そういう風に取り組めると、自分の想像を超えるほど成長しているんじゃないかな、少なくとも僕はそうでした、その理由はあなたが成長するのもそうだけど、多くの人がそのように取り組んでおらず成長しないから、という2つの理由からです、あなたはどっち側の理由に含まれる人間になるのか、ということですね