自信を持つということ

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随分と更新が止まってしまい、バタバタと忙しくしていました、頼りにしている人から更新しなさいと指摘されてしまい早速しています

皆さんは自信を持っていますか?

毎日はささいな決断の連続だと思います、また、時にとても大きな決断を急に迫られることもあると思います

そんな時に自信がなければ決断に迷いが生じ、時間がかかり、思い切って行動に移すということはできないはずです

僕はと言うと、自信しかないです

それは過信と思われてしまうかもしれないけれど、そうではなく、それはおそらく失敗に対する考え方の違いかなと思います

何の業界経験、知識もない中で留学業界を選択し、会社を立ち上げました

世の中では3年以内に倒産する会社がたくさんとよく言われ、この留学業界は特に立ち上がり、倒産が留学エージェントだけでなく、学校も含めよくある業界ですが、弊社はもうすぐ5年目になり、業績としては毎年倍々以上の成長をしており倒産とはかなりかけ離れているようです

僕は正直、才能がとてつもなくあるような人間でもなければ、めちゃめちゃ仕事ができるような人間でもなく、人脈なんてプライベート含め皆無のような人間なんですが、自信だけは生涯絶えることなく存在し続けています

自信がない人の多くは「失敗したらどうしよう」「こっちの選択肢の方がいいんじゃないのか」「みんなはこうしてるし、、、」のような感じで悩んでいる人が多いんじゃないでしょうか。

一個ずつ解決していきましょう。

「失敗したらどうしよう」

これは失敗をどのように認識するかが大事なように思えます

エジソン知っていますか?電球やらなんやらいろいろ発明した人ですね

もう何万回も失敗したらしいんですよ、そりゃそうですよね、まだ世にない物を発明するというのはそんな感じだろうと素人ながらに想像は容易いです、一発で電球が作れることがなければ、外を当たり前に走っている車も同じことです、そりゃあ何万回も失敗しないことには成功にならないでしょう、今いきなりあなたが「車を作ってみてください」と頼まれて一発でうまくいくことなんてないでしょう

つまりは失敗というのは成功するのに欠かすことのできない途中経過、マイルストーンの1つ1つということです

エジソンは記者会見で「どうして何万回も失敗したのに続けることができたんですか?」と聞かれた際に「失敗ではなく、何万通りものうまくいかない方法を見つけることに成功したんだ」と答えたそうです、鬼ポジティブ野郎ですね

でも僕も同じように考えています、失敗をその1点だけ見つめてしまいネガティブになるのではなく、長期的な過程の一部、として考えています

一時的な失敗に対して怯える必要はまったくないわけです、そんなのは当たり前で、逆に失敗もせず成功してしまうことなんてつまらなくないですか?チャレンジするに値しないんじゃないかな、何万回も失敗することこそ人生を賭して挑むべきものなんじゃないかな

だから、「失敗したらどうしよう」というのは全然意味なんてなくて、だって失敗するもんでしょ、その一時点で思考停止したらダメ、失敗の続きがどの物語にもあるんだよ、たった1回の失敗が怖くて電球は発明されない

僕も失敗だらけです、正直成功したことを挙げるほうが難しい、というか思いつかない、ほぼ失敗しかしてない、けれど失敗し続けている内に当たり前だけど失敗のレベルは上がってくる、だから普通の失敗ばかりしている人、失敗が怖くて踏み出せない人には負けなくなってくる、それが自信になる

例えばですけど、One projectという留学費支援の企画を実施していますが、この企画では毎回何か新しいことにチャレンジをしています、その1つとしてチームで留学に行く、ということをしました、普通留学って1人で行くじゃないですか、それをチームで、同じ日に別々の国に飛び立つというもの、おもしろいなーって思ったんですが、もうねびっくりするくらい応募がなくてしびれましたね、でもそんなのやらなきゃわからないでしょ?どれだけ頭をかしげても「うまくいくかもorうまくいかないかも」という範疇から逃れられません

失敗なんて深く考える必要がない、ただその1点、その瞬間にだけ注目してしまうと、周りからも「あいつ失敗してる」とか周りの目が気になってしまいネガティブになってしまうかもしれない

謎の電球を何万回も失敗してるおっさんがいたら、そりゃ近所からも奇妙な目で見られたでしょう、成功して初めて認めてもらえる

その一時点の苦痛に絶えることができないなら挑まないほうがいい、悩むだけ時間の無駄

この失敗は「成功しない1つの方法を見つけることに成功した」という形で捉えることができるのか、歩みを止めずに進み続けられるのか、それが大事なんじゃないでしょうか

失敗したらどうしよう、という思考は短期的な、一時的なイベントに焦点を当てて考えている証拠です

考えるべきは、失敗した時に次にどのようなアクションを取るべきなのか、長期的な視点に立つことです

僕も会社を立てる時に、少なくとも10年は地道にしっかりと取り組まないと何にもならないな、と考えてました、まあ数年で潰れるところが多いのでね、それまでの失敗は全部経験値、次のアクションに活きる、ということです

「こっちの選択肢の方がいいんじゃないのか」

もうね、無駄だよね、すぐに片方の良さげな選択肢を試していいのか悪いのかを結果から判断して、悪いならそうじゃない方を選んだらいい

何日も悩むよりも、すぐにアクションを取ったら判断できることがほとんどじゃないかな

悩んでしまうのは、やはり失敗を恐れすぎていて、あたかも1回でも失敗したら死んでしまう、のような感じで絶対に失敗できない、みたいに考えてしまっているんじゃないかな

僕は失敗に対しては全然寛容ですが、トライしない人に対してはもう冷めてしまいます、何してんだろ、時間がもったいない、と思ってしまいます、悩んでいる時間があるなら全選択肢すぐに試したらいい

本当に悩んで時間を使わなきゃいけない問題というのは、その選択肢が全く思いつかない、打ち手がないような状況の時、それが悩んでいい時です

でも大抵の問題はいくらでも打ち手があるし、選択肢もある、それをポジティブにアクションし続けることが大事なんじゃないかな

「みんなこうしてるし、、、」

もうね、絶望だよね、考え方として終わってると思うね

そんなの関係ある?あなたの人生にみんながどうとか関係ある?みんながしてることをするのがあなたの幸せなの?まあそれならいいんだけど、もしもそう考えているなら他人がいないと幸せを感じることができないんじゃないかな、それでいいならいんだけど、自分で幸せを感じることができるような意思決定方法を採用したほうが良くないかな

みんながしてることをしたいならすればいい、自分が考えたほうを実行したいなら選んだらいい、それに悩んでいるのは幸せの価値観が固まってなくて、どっちつかずでフラフラ揺れてしまっている証拠

「みんなはこうしてるけど、私はこうする」

それを誰に何と言われようと「だまれ」と言って進められるかどうか

その自分に対する覚悟が大事なんじゃないかな

外野はわあわあ言うてくるのでね、わあわあ言いたいだけでそれで満足、そのあとあなたが何を選んでどういう結果になろうと知ったこっちゃない、そんな外野ばかりなのでね、そういう雑音に耳を貸すのではなく、もっとあなた自身をあなたが誰よりも信じてあげるほうが大事

結局は自分の決断は自分が責任を負うしかない、誰のせいにもできない

だから僕は基本的にあまり相談ていうことをしないです

海外に行くときも、前職を辞める時も、会社を設立する時も、その是非を相談することはありませんでした、全部事後報告でした

「なんでそんなに行動できるんですか?」

というようなことをよく言われるんですが、うーん、逆になんでそんなに行動せずにやんわりと人生を過ごせるんですか?

たった一度しかないのに、なんでそんなに自分の熱中に心身を捧げられないんですか?

二度とない人生を、なんでそんなに周りの目を気にして一歩を踏み出せないんですか?

今回の人生はゆっくり生きて、次で本気出す、こんな感じで考えているんですか?

僕の意思に関係なく、鼓動し続けてくれている心臓に僕は生かされてます

精一杯やりたいと思う

思いっきり失敗をして、それを夢に向かって積み上げていきたいと思う

それが僕の幸せの価値観

そしてそれが自信にもなる

もっと多くの人が、留学に、海外に行きたいと思った時に行けるようにしたい

日本人と言えば100%留学をしている国

そういう風にしたい、夢物語かと思うかもしれない、構わない、僕らが信じることにあなたの考えは関係ない、だまって見てくれてたらいい、少しでも共感してくれるなら温かい目で応援してくれるとそれはそれでうれしい

今はまだ失敗の連続で、成功までの途中

僕らが歩みを止めない限り物語は進む

それまでの失敗を笑ってくれても構わない

それらは僕らの歩みには一切影響しない

自分たちを信じて歩み続ける

世界は面白い

せっかくこの広い地球に生まれたんだ、行ったことのない新しい世界に行ってみたいでしょ?

その時に、僕らの存在が思い出されるようにしたい、それにはまだまだ力不足だけど、自信はある